センター長挨拶

2021年7月1日より特発性正常圧水頭症(iNPH)センターを開設致しました。

「治療可能な認知症」として注目される特発性正常圧水頭症(iNPH)の診断・治療を行う専門外来です。

まだまだ知られていない病気ですが、正確な診断と適切な治療を受けることにより劇的に症状が改善することがあります。高齢を理由に放置せず、日常生活の質の向上を目指し、一度ご相談いただけたら幸いです。

診断からリハビリテーションに至るまで、多職種によるチーム医療の体制で取り組んでいます。
是非、お気軽にお問い合わせ下さい。 センター長  一ノ瀬 信彦

特発性正常圧水頭症とは

毎日約450mlの脳髄液が作られては吸収されていますが、何らかの原因でバランスが崩れ、脳室内に髄液が溜まって起こる病気を特発性正常圧水頭症(iNPH)といいます。加齢とともに発症すると考えられており、脳が圧迫されて様々な症状が出ます。

特発性正常圧水頭症の症状

iNPHの3大徴候は認知機能の低下・失禁・歩行障害として知られています。いずれの症状も加齢に伴い出現することがあるため、症状が出ても「歳のため」と思われがちで、病気が進行するまで気づかないことが多いのも事実です。

しかし、この3つの症状がそろって出現することはむしろ稀で、これらの症状がどれか一つでもあり、CT, MRI等で脳室拡大が認められれば、iNPHが疑われます。
脳神経外科では「治る認知症」と言われ、他の病気と同様に早期発見が重要です。

iNPHの主な症状 iNPH症状「セルフチェック」

特発性正常圧水頭症の診断

症状の状態と、MRIやCTなどの画像診断で疑わしければ、腰椎穿刺(ようついせんし)(針を刺し液体を採取すること)で髄液を採取、「髄液の排出により症状が改善するかどうか」というタップテストで診断します。

①「iNPH重症度スコア」で症状を確認

患者さん本人やご家族からお話を伺ったり、様子を観察したりして症状を確認します。

iNPHの歩行障害・認知症・尿失禁、いわゆる三徴候においてはこれまでに使用されていた重症度スコア(旧厚生省「難治性水頭症調査研究班」)を改良したiNPH重症度スケール改版が日本正常圧水頭症研究会ガイドライン作成委員会によって作成されました(2004)。

このスコアは治療が施された後にも、症状の改善具合を確かめるために用います。

歩行障害
何らかの歩行障害があるか、どの程度の歩行障害なのか
0 正常
1 ふらつき、歩行障害の自覚のみ
2 歩行障害を認めるが補助器具(杖、手すり、歩行器)なしで自立歩行可能
3 補助器具や介助がなければ歩行不能
4 歩行不能
認知症
認知症があるか、どの程度の認知症なのか
0 正常
1 注意・記憶障害の自覚のみ
2 注意・記憶障害を認めるが、時間・場所の見当識は良好
3 時間・場所の見当識障害を認める
4 状況に対する見当識は全くない。または意味ある会話が成立しない。
尿失禁
尿失禁があるか、どの程度の尿失禁か
0 正常
1 頻尿または尿意切迫
2 時折の失禁(1-3回/週)以上
3 頻回の失禁(1回/日)以上
4 膀胱機能のコントロールがほとんどまたは全く不能

出典「iNPH.jp」より

②画像検査

iNPHの画像診断は、まず脳室の大きさを評価します。脳室拡大が髄液循環障害にともなうものなのか、脳の萎縮(アルツハイマー病や血管性認知症など)の影響によるものなのか、その判断が難しい場合がありますが、脳室拡大、高位円蓋部脳溝の狭小化、シルビウス裂の拡大などの所見が特徴的です。

冠状断画像
水平断画像

③臨床検査

iNPHの症状があり、画像診断にて特徴的な所見が認められると、髄液循環障害の有無を検査します。

髄液循環障害の検査にはいくつかの方法がありますが、基本的には腰椎(腰骨)の間から過剰にたまっている脳脊髄液を少量排除して症状の改善具合を観察する髄液排除試験(髄液タップテスト)が簡便な検査方法といわれています。

この検査前の症状の程度と比べて、検査後の症状が一時的に改善すれば、手術(髄液シャント術)が有効であることが期待できます。現在では、この髄液タップテストがiNPHの診断に重要な検査となっています。

髄液タップテスト

比較的容易で診断の精度も高いといわれる腰椎穿刺髄液排除試験のひとつです。横向きに寝て、手でひざを抱える状態になって頂き、腰椎(腰骨)の間からクモ膜下腔に穿刺針を刺します。髄液圧を測ってから、20~30mlほどの脳脊髄液を排出させます。検査前後に歩行状態や認知機能などの評価を行うため、3日程度の検査入院を必要とします。

症状の改善度合いについてはご家族の観察もとても重要です。ご自宅に帰られてからの症状の変化を観察しましょう。

特発性正常圧水頭症の治療

検査の結果、シャント手術の適応と診断した場合、手術加療を行います。

髄液シャント術

主に「脳室‐腹腔シャント」「脳室‐心房シャント」「腰椎‐腹腔シャント」の3つの方法があります。最近では、「腰椎‐腹腔シャント」が主流になりつつありますが、腰椎の変形などが強い場合には他のシャント術も検討します。

1時間程度の基本的な手術と運動や認知機能の回復を図るためのリハビリを行い、2週間前後の入院となります。

参考:「特発性正常圧水頭症ガイドライン第3版」

治療後と回復

髄液シャント術後は、数日で改善するケースもあれば、数週間、数ヶ月で改善するケースもあります。

改善の程度やどの症状が改善するかにおいても治療前に明らかに予測することはできませんが、歩行障害は高い確率で改善します。歩行障害が改善すると、自力移動がスムーズになりトイレに間に合うため尿失禁も改善傾向を示します。また、歩くことにより周囲から多くの刺激が脳に伝わり、脳リハビリの役目を持つことから、長期的に認知症症状の改善にも役立つことが知られています。

これらの症状の改善は、患者さん自身の自立とご家族の介護度の軽減につながると考えられます。一般に、シャントシステムを埋め込んだ患者さんは、激しい運動を除いて日常の活動に制限はありませんが、歩行は改善して速く歩けるようになっても不安定性は残っていることもありますので見守りが必要な場合もあります。

iNPHはゆっくりと進行することがあるため、術後においてもフォローアップ・ケアーを必要とします。また、埋め込まれたシャントシステムが詰まったり、圧可変式バルブの設定圧が変わったりすることもあるために、定期的に診察を受けることが大切です。

手術を受けられた患者さんご家族の声

  • 85歳女性のご家族

    「ぼんやりして過ごすことが増え、相次ぐ転倒による椎体圧迫骨折で入院した時に正常圧水頭症の指摘を受けました。シャント術を受けてから活気が戻ったようで、料理や洗濯もするようになりました」

  • 80歳男性のご家族

    「小刻みすり足歩行となって外出しなくなり、物事への興味も無くなってしまっていましたが、シャント術を受けてから、散歩にも出かけるようになり、周囲の人からも表情がしっかりしたと言われます。」

診療から治療までのながれ